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Den-en Eda Church

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『それでも、生きる!』

教会でメリークリスマス

「おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、
『神は我々と共におられる』という意味である。
マタイによる福音書1:23


2011年3月11日は忘れられない日です。今まで経験しない激しい揺れで、田園江田教会のキッチンにいたケーキ作りに奉仕する女性グループ「パテシエ・マナ」の方々が、外に飛び出し、電信柱にしがみつきました。付属幼稚園は放課後預かり保育中の子どもたちと園庭に。落ち着いた所で前年新築した園舎ホールに避難。町は停電となり、続く津波をテレビ画面で見た時のことは、決して忘れられない記憶です。その年の7月石巻にせめてもと「お見舞いの旅」をした時、街中の信号機はまだ動かず、他府県の警察官が笛で誘導していました。やっと開店していた酒屋さんで津波から生き延びた地酒を土産として買いましたが封は切れません。

あの日から7年。私は何をして生きてきたのか。自分の不甲斐なさを感じ続ける中、「写真絵本シリーズ、それでも『ふるさと』」(農文協)を手にしました。是非多くの方々に購入し、そして熟読して戴きたい全3巻です。その一冊『牛が消えた村で種をまく』は「日本一、美しい村」と呼ばれた福島県の北東部、阿武隈山地の『飯舘村』の酪農家をフオトジャーナリスト豊田直巳さんが追い続けた写真集です。「飯舘村」は「までい」な村と呼ばれます。「までい」とは、この地方の言葉で、「手間ひまかけて」「丁寧に」「心をこめて」と言った意味があるそうです。「までい」に育てた、乳牛50頭のお乳を牧草地に掘られた大きな穴に捨てる。牛舎に残された牛が息絶えていくのを見てしゃがみ込み「俺はどうすればいいんだ」と途方にくれる。しかし、避難所から酪農家仲間は牧草地に戻り、「蕎麦の種」を蒔き始める。農地の保全を保ち、放射性物質は少ないとはいえゼロとは言えない、だから売れない。でも、「牛の消えた村」でそれでも、ふるさとを愛し続け、希望を捨てず生きる。その姿に胸が熱くなりました。秋になり一面にそばの花が咲く。(宗野記)

 マタイによる福音書に記されたイエス誕生の記事は、突然のマリア懐妊の知らせに始まります。まだ婚約中のヨセフにとって、それは神の力によると言われても、思いもよらない出来事でありました。ヨセフはどれだけ悩み祈ったことでしょう。そして、彼は『この子は神様の大切なご用を果たし、生きる命』と、受け止めます。ヨセフはマリアを妻として迎え、ローマ帝国の植民地に課せられた、人口調査で混み合う、ユダヤのベツレヘム。家畜小屋でどうにか、赤ちゃんは生まれます。飼い葉おけのベットはとても暖かく、優しい香りがしたことでしょう。『イエス』その名前の意味は『神は我らと共におられる』。どのような困難な中でも、『それでも、生きる』人々の味方である救い主がこうして生まれるクリスマス。

今年は激しい自然の災害に痛んだ年でした。多くの人々が今も避難生活を続ける日々です。世界情勢も経済も不安定。高齢者や子どもの悲惨な問題も私達の心を覆いました。様々な苦悩を抱えるすべての人にキリストの救いが本当にあるように、心から祈り、そのしるしとしての献金をいたしたいと願っています。
クリスマス(キリスト礼拝の意味)を『それでも、生きる』みんなと一緒に、祝いましょう。

献金先:東日本の被災地・自然災害復興の為に、
  各種教会関係施設・社会福祉事業などの為に(目標額150万円)

2018年12月2日(日)(待降節第1主日)

日本キリスト教団 田園江田教会
               牧 師  宗野 鏡子
               伝道師  田中浩一郎

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