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Den-en Eda Church

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<女性 / 18歳の学生>

「私は高3の秋に洗礼を受けました。前から洗礼を受けることは決めていたので、洗礼を受けて特に劇的な変化があったわけではありません。でも、私は洗礼を受けて本当によかったと思っています。神様が私のそばにいて、なにか見守ってくれるような安心感を与えて下さっていると、私はよく感じます。毎日忙しい日々を送っているから、やっぱり神様を忘れて身勝手に振る舞ってしまったりすることもあります。しかし、そんな時でも、洗礼を受けてからは、神様にまた向き合う機会が持てるようになりました。このことは、クリスチャンになって本当によかったな、と思えることです。」

<男性 / 40歳台 > 

ビジネスの世界は否応無しです。常に結果を求められる。しかも自分ではわかっている事実をつきつけられ立ち直れなくなるようなこともあります。私も、そんな人間関係に嫌気がさし、行き先のみえない自分の活路を求めて教会の門を叩きました。最初は聖書を読むことから始めました。しかし、実は礼拝のメッセージや教会生活に、いろいろなヒントが隠されていました。そして、違った視点で仕事を見ることができるようになりました。教会は生きているんですね。洗礼を受け、神さまのことが少しだけ信じられるようになってからは、仕事仲間とも顧客先とも誠意を持って対等に付き合うことができるようになった気がします。仕事は相変わらずつらいこともあり、大変なこともたくさんありますが、仕事が忙しいときにこそ、聖書の中に教会の中に元気の素を見つけにせっせと通っています。

<男性 / 70歳台>

「私は70歳台の半ばでキリスト教の信徒になりました。信徒になってどう自分自身が変わったのか、と考えることがあります。その日を境に人生がバラ色になったのかどうか?答えはYESでもあり、NOでもあります。
信徒になったからといって、そのために物質的に豊かになる訳ではありません。当然のことながら、何も努力しないで生活が良くなるようなことはありません。「天は自ら助くる者を助く」という格言がありますが、額に汗をしなければ、人は生きていくことはできないと思います。こういう意味では、人生の苦労は信徒になったからといって変わらない、と思います。バラ色の人生が待っている訳ではありません。
しかし、心の持ち方は確かに変わりました。明日はどんなことが起こるのかは、全く予測がつきません。いいことが起こるかもしれないし、なにか悪いことが起こるかもしれません。------が、まずは今日を、神様に見守られて神様に感謝しつつ、全力で生きる努力をするという姿勢で生きることが大切なことだ、と気付きました。明日以降のことは、神様がお決めになることです。明日のために努力を惜しみませんが、結果がどうなるかは、神様にお任せして心安らかに生きること、ここに幸せがあるのではないでしょうか。今日を一生懸命に生きる、これこそバラ色の人生ではありませんか。」